September.14
Una storia indefinibile
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Posted by mai Nishiyama | --:-- | Comment [0] | TrackBack [0] | スポンサー広告
your arm.
少し前まではあまり聞かなかったはずのクラシック。
今は毎日毎日聞いては魅力を感じる。
以前1番好きで毎日聞いていたパンクもポップスもほとんど聞かない。
ハイドンの交響曲に魅力を感じてみたり。
チャイコフスキーの交響曲に思い出を見つけてみたり。
モーツァルトのフルート・ハープのためのコンチェルトに希望を見出してみたり。
モーツァルトのケーゲルシュタットに憧れを抱いてみたり。
シューマンのピアノコンチェルトに偉大さを垣間見たり。
ブラームスの交響曲に慰められてみたり。
フィンジーのロマンスにふわり。と気分をのせてみたり。
テレマンのヴィオラコンチェルトにやる気を見せたり。
毎日がクラシックの曲ばかり。
こんな自分も嫌いじゃないよ。
だから私の好きな人がクラシックに興味を持ってくれると
それだけでとっても嬉しいの。
私の存在まで認めてもらっているような気になるの。
Posted by mai Nishiyama | 23:51 | Comment [19] | TrackBack [0] | My life
rainy Day
最近身に余るほどの幸せがあって。逆に不安。
手の中からこぼしてしまいそうで…。
その場しのぎの言葉も慰めの言葉も同情も今は欲しくないから
誰かに相談したりすることはないけれど。
いつか私の手の中から幸せがこぼれて一人になってしまいそうで怖い。
こんな恐怖感を感じるようになったのはつい最近。
"ずっと一緒"の"ずっと"ってどのくらい?
"すごく好き"の"すごく"ってどんなかんじ?
なんて馬鹿げた質問だな。って思うけれど止まらない。
この世の不変のものなんて存在しない。
だから幸せを感じて。時に不安を感じる。
最近友達のあおいが失恋をしたみたいで。
メールで少し話しを聞いていて、私が悲しくなった。
T君から来たメールの返信が思いつかなくて苦しくなった。
ヴィオラの課題曲のパッセージが難しくて不安になった。
あやの辛いけれど手放しきれない恋の話を少し羨ましく思った。
君の夢をみて無償に悲しくなった。
さきが自分のこの先を見据えていることに気付いて尊敬した。
ピアノが下手で下手でちょっとだけ悔しかった。
色々なことはあったけれど私の手はメールも電話も発信しない。
メールで送る言葉は挨拶やひたすら続く世間話。
それが楽しいの。
自分の中の言葉に言い表せない気持ちを誰かに伝えるなんて…
今の私にはできない。
一人は楽だけど寂しい。何がいけないのかな…?
Posted by mai Nishiyama | 23:51 | Comment [0] | TrackBack [0] | My life
my dream
私には夢があって。
その夢をあきらめることもせずに追っていられる。
そんな自分が本当に恵まれている。
そんな事実に気付いたのは、つい最近になってから・・・。
今日は初めてO先生のレッスンを受けてきました。
移動は長いし、足は痛くて、疲れはしたけれど、
レッスン内容は充実していて、とても楽しかったです。
指摘されることは厳しいし、課題も多いけれど
その分自分の音が変わるのが判って・・・本当に楽しかった。
この先頑張れそうです。
Posted by mai Nishiyama | 23:54 | Comment [0] | TrackBack [0] | My dream
every little thing every precious thing.
中学生の時から私の思考内には"希死念慮"という言葉が刻まれている。
「死」について深く考え、「死」に希望を見いだしてしまう事。
希死念慮の念に取り付かれては現実から逃げていた。
君に逢えるから。と無理矢理理由をつけていた。
それでも、君以外の人をちゃんと見ることができるようになった。
あの日からこの念に取り付かれることが大分減ったと思う。
生きることは人として当たり前の事。
人を好きになることも。辛くても頑張ることも。きっとそう。
周りの人達とこの世の中を共有することだって。
世の中のルールを守ることだって人として当たり前のことなんだろう。
それでもこれをこなしていくことは決して容易いことではなく、
時に残酷なまでに私達の目の前に大きく立ち塞がる。
だからこそ人は当り前の事をするとそれを褒める。
"当たり前"と言う言葉は人を縛っている。
"当たり前"という言葉があって、それが褒められるに値する。
だからこそ、当たり前の事ができないのが悪いことのようで。
当たり前の事をこなすのが時に辛くなるのだと思う。
辛いからこそ、当り前の事が出来る人は強いと言われるのだろう。
辛いからこそ・・・人は当たり前の事が出来ないのだろう。
生きることを今は辛い。とは思わないようにしている。
けれど時に苦しくなってしまう時はある。
私もまた言葉に縛られ、当たり前のことを軽々とはこなせない。
でも希死念慮の念が悪いことだとも思えない。
前を向くこと=当たり前の事。という等式にいつのまにか縛られているだけで
時には振り返ったり、立ち止まることも必要だと思う。
色々な事があって。
沢山の出会いや沢山の別れを経験して。
立ち直れないと思ったときもあった。
自分はいらない存在だとしか思えなくもなった。
そして今。隣に大切な人達がいてくれる。
だからこそ私はいえる。
"生きていてよかった"
苦しいこともあるけれど、幸せなことだってあるから。
君との別れが少しずつ変化したあの時から伸ばしている髪の毛。
大分長くなったよ。
私に出会ってくれてありがとう。
私を好きになってくれてありがとう。
大切なことを教えてくれてありがとう。
Posted by mai Nishiyama | 20:54 | Comment [0] | TrackBack [0] | Mental
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市響の練習に行って来ました。
今日はチャイコの4番。1楽章の練習。
チャイ4の1楽章は金管のファンファーレで始まるんだけど、
音は高いし大きいしで練習場いっぱいに響くの。
そんな時に自分の楽器を触ると、管楽器の音の影響で
弦が細かく振動していて。
音楽に触れているんだな。って思う。
そんな時間が好き。
そんなことが当たり前なのが幸せ。
でももう少しでそんな日々も終わり。
金曜日に"今日市響だ!"っていう事もなくなちゃうね。
Posted by mai Nishiyama | 23:55 | Comment [0] | TrackBack [0] | orchestra

